学校長挨拶

蘇南高等学校のホームページにようこそ

「私はここにいるよ」

 長野県蘇南高等学校長  小川幸司

〇「鳥の翼」と「開拓者精神」

 南木曽駅前から木曽川に架かる「桃の橋」の対岸の高台に、翼を思い切り広げて大空に羽ばたく鳥のような形をした校舎が、私たち長野県蘇南高等学校の学び舎です。

 本校は、太平洋戦争の傷跡がまだ深く残っている戦後まもなくの時代に、この地域の若者が高校で学ぶことができるようにと、木曽川の南に住む大人たちが力を合わせて設立した高校です。つまり蘇南高等学校は、未来に、この土地で“高校生が笑顔で学ぶ姿”を夢見た人びとによって、作られました。

 今はまだ見えない未来に、自分が大切だと思う人(自分自身も含みます)がどうしたら幸せになれるかを想像して、今の自分が懸命に努力すること…これを「開拓者精神」と言います。本校が最も大切にしている理念が、この「開拓者精神」です。これは、私たちの高校を創ってくれた人々の思いを、ずっと受け継いできたものです。

〇「総合学科」と「丁寧な学び」

 本校は、高校入学後に自分のキャリアデザインを構想しながら、多様な学びを重ね、自分の学びたい内容を選択できる総合学科です。1・2年次には「産業社会と人間」という必修科目を学ぶ中で、自分が社会にどのように参画していくのかをじっくり考えます。そして2年次以降は、「文理系列」「経営ビジネス系列」「ものづくり系列」の3系列のいずれかを選択し、専門的な学びに向かいます。さらには3年次には「総合研究」を全員が進め、全校生徒だけでなく、地域の多くの方々も集まった会場で、研究発表を行います。

 このような本校の学びの特徴を一言で言えば、「多様性(ダイヴァーシティ)の実現」です。国公立大学をはじめとする大学への進学を目指す生徒も、より職業を意識した短大・専門学校を目指す生徒も、県外・県内の企業や公務員を目指す生徒も、みんなが同じ学び舎で机を並べています。そしてそれぞれが自分ならではの進路を実現していきます。どの進路も同じように尊いのですから、蘇南高校では、どの進路を目指すにしても丁寧な学びのレッスンを受けることができます。

〇「私はここにいるよ」

 私は蘇南高等学校の学び舎に立って、第二次世界大戦中のナチス・ドイツによるホロコースト(ユダヤ人大虐殺)を生きのびた、精神医学者フランクルが書いた『夜と霧』(池田香代子訳、みすず書房刊)という本の一節を思い返します。アウシュヴィッツ絶滅収容所で日々過酷な強制労働に従事し、多くの仲間がガス室で殺され焼却されていく中で、それでも「人間らしさ」を守り通した人びとがいたと、フランクルは書いています。

 ある「若い女性」は、重い病気にかかっていましたが、「じつに晴れやか」な表情で、フランクルに「あの木が、ひとりぼっちのわたしの、たったひとりのお友だちなんです」と語りかけました。病棟の窓の向こうには、マロニエの木が、いままさに花の盛りを迎えていました。そしてこんな一節がつづきます。

    「あの木とよくおしゃべりをするんです」

わたしは当惑した。彼女の言葉をどう解釈したらいいのか、わからなかった。澹妄(せんもう)状態で、ときどき幻覚におちいるのだろうか。それでわたしは、木もなにかいうんですか、とたずねた。そうだという。ではなんと? それにたいして、彼女はこう答えたのだ。

「木はこういうんです。わたしはここにいるよ。わたしは、ここに、いるよ。わたしは命、永遠の命だって・・・」

 このマロニエの樹を見つめる女性は、すべての「いのち」の尊さをかみしめたとき、マロニエの木が「私はここにいるよ」と語りかけていると感じたのでした。

 「私はここにいるよ」…これは、私の最も好きな言葉です。

 私たち蘇南高等学校の教員一同は、ここで学ぶ、ひとりひとりの「私はここにいるよ」という言葉に、向き合います。そして「私はここにいるよ」という言葉のひとつひとつが、未来の大切な「いのち」に向かって、今を努力し、美しいマロニエの花を咲かせていくことを応援します。

 このホームページをご覧いただいた皆様も、是非、蘇南高等学校にお越しください。お待ちしています。

 よろしければ、校長室もご覧ください。

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