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『夢をかたちに 未来を拓こうとするあなたへ』

〜 君が選ぶ! 3つのコース と 自由選択科目 〜

平成29年度生徒会スローガン
『Break through 〜川高革命〜』

梓川高等学校ホームページにアクセスしていただきありがとうございます。 

 本校は北アルプス槍ヶ岳に源を発する清流梓川の河岸段丘に位置し、校地内には四季折々に美しさを醸し出す木々や草花が多くあります。この恵まれた学習環境の中で、明治43年南安農蚕高等学校として開校以来、百有余年地域とともに歩み続け、各界で活躍する卒業生を輩出してきました。

 現在は普通科1学年4学級規模の高校として、生徒の夢や希望の実現に向けて、個性を伸ばす学生活動と確かな進路保証を目標に発展を続けています。

 例えば、生徒は1年次で基礎学力の向上を図り、2年次より自分の興味・関心や進路目標に応じて〈教養コース〉〈福祉コミュニケーションコース〉〈情報ビジネスコース〉のいずれかを選択し、さらに3年次には幅広い自由選択科目群から、自分の進路実現に必要となる科目を選択します。また、3年間を通じてクラブ活動や生徒会活動・地域でのボランティア活動に取り組み、生徒は皆大きな充実感を抱きながら生活しています。

 そして、私たち教職員は、生徒の「人としての成長」をめざし、一人ひとりの良さを引き出すことに努め、保護者会や同窓会・地域の皆様のご協力をいただきながら、良き伝統と校風をさらに発展できるよう努めてまいります。

 高校時代は人が大人へ成長する大切な時期です。 ひたむきで意欲的な生徒と、熱心で信頼できる教職員により、本校の教育活動はさらに高いステージへと進化を続けています。

長野県梓川高等学校長 板花 淳志

校長室渉猟


  梓川高校校長室には興味をそそられる物品がたくさんあります。それらすべについて詳しく説明すると、とても時間がかかりそうですから、ここでは「これは外せんな」と思う数点に絞り簡潔潔に紹介してみましょう。
  まず、南壁に大きな柱時計。南安南部農蚕学校第十六回卒業生寄贈で、大正十五年三月二三日より時を刻み始め、今年で九一年になります。当時たいへん高価な物品だったと思われ、卒業生の母校愛を感じます。故障したこともあったようですが、同窓会の皆さんに修理していただき今も現役です。ちなみに週一回ゼンマイを巻くのが私の仕事です。
西壁には絵画1点、書2点、校歌の生原稿1点が掛かっています。このうち二つについて触れます。
一つ目は絵画、「雪山大澤」と題する大作です。昭和三六年の卒業生が地元在住の老画家に制作を依頼、その熱意に感じた画家が四年の歳月をかけ描き寄贈されました。画家の名は郷原古統と言い、現代も人気の高い作品を多く残しており、本校の作品はおそらく絶筆と思われます。この作品を「な○で△鑑定団に出せばさぞかし値が張るぞ」などと妄想が湧きます。
二つ目は校歌原稿。手書き楽譜は残念ながら誰が書いたかわかりません。歌詞については作詞者である詩人・作家の佐藤春夫の直筆原稿が展示されています。本校の校歌は、生徒の「校歌を歌いたい」という願いに動かされ、昭和三一年制定されたそうです。それに応える詩人の思いがブルーブラックインクの力強い筆跡に現れています。これも何だかお高そうです。
北壁から東壁には、東筑摩西部農学校時代3名、南安曇農蚕学校時代3名、梓川高校になって22名、合計28名の歴代校長の肖像写真が掛けられています。中には私自身たいへんお世話になった方のもあります。全員がこちらを睥睨(へいげい)しているようで、思わず身体がシャンとなります。
さて、長い歴史を刻む梓川高校です。前世紀の始まりに誕生し、新世界を築く気概やさまざまな困難など、時代的特色のなかで少しずつ変容し、今日の形に発展してきました。一方、その間も変わらなかったものがあります。その一つは地域の人々の「梓川高校、この地域とともにあれ」という願いです。ここに集う生徒達には、やがて自立し社会人となり、地域に暮らし、他者と協働して豊かな人生を送って欲しい。梓川高校は生徒のなかにそのための基盤を作るように求められてきました。
最後に校長室の物品をもう一つ紹介します。北壁には大型の金庫が寄せてあります。表面の印字の雰囲気や製造場所が「東京市馬喰町」などの表記から、たいへん古いものであると分かります。開閉にはダイヤルと鍵が必要ですが、どちらも不明です。つまり開かずの状態です。いったい何が入っているというのでしょうか。開けてみたいような、怖いような……。金庫の上に明治四十三年作成の学校誌(教務日誌)があることで、一層興味が惹かれます。
ちょっと見てみたいと思った人、どうぞ校長室をのぞきに来てください。

注 渉猟(しょうりょう) あちこち歩き回り探し求めること
睥睨(へいげい) にらみつけて威圧すること

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