長野県須坂園芸高等学校
明るい学園美しい心
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米の生産過剰・生産者米価下落・減反政策・コスト削減・TPP参加の可能性・・稲作農家にとって非常に厳しい状況が続いています。 外国産米との価格競争を見据えるとより一層のコスト削減が求められています。しかしながら、数々の取り組みの結果、稲作の投入部分についてのコスト削減はほぼ限界に近いのではないでしょうか。 発想を少し変えて回収部分である単収を向上することで課題を解決できないかをテーマに本校農業経済科流通経済コースは2009年より継続して研究してきました。 研究の成果として水稲日本最高収量を達成したことは各種報道によって取り上げられているところです。

今回はその取り組みについて特集します。

とにかく沢山とりたいんだよ

2008年秋、コスト削減を狙った無代掻栽培の研究の最終調査を終えた本校実習田での会話です。

N教諭「コスト削減した結果、収量が下がるんじゃ意味ないよな。」

T教諭「コスト削減て実は収量を下げるために誰かが作った体のいいスローガンなんじゃないですかね。」

N教諭「過去に盛んに行われた多収栽培やってみるか。」

T教諭「収量が仮に倍になればそれもコスト削減と同じ意味ですしね。」

生徒達を前に

N教諭「君たち、来年はとにかく沢山とることを考えよう。」

生徒「・・・? 先生、それってすごいことなんですか?」

こうして、周囲に「こんなのイデオロギー教育じゃないか。」と揶揄されながら多収穫栽培の研究はスタートしました。それも並みの収量向上では面白くない、やるなら単収日本一を目指そう、と・・・。

こんなんじゃ、倒れちゃうよ

水稲の単収向上に寄与してきた最大の要因は窒素施肥といえるでしょう。過去の稲作技術に関する研究をたどってみても、窒素施肥法に重点がおかれています。 計画の段階でどのような手段で単収を上げるのか検討したわけですが、やはり窒素多肥が最初に浮上してきました。

N教諭「窒素は稲の体を大きくする効果があるんだぞ。スポーツ選手がプロテインを摂取するのと同じことだ。体が大きくなるということは、収穫部位である穂も大きくなるということだ。窒素を多く稲に与えて単収向上をねらおう!」

生徒「そうか、簡単じゃん。」

T教諭「単収日本一をめざすなら、いっそのこと窒素倍量を施肥してみようか。でも、過去にそんなことした人いないよな。・・・?体が大きくなる・・・まてよ、こんなんじゃ、倒れて多収どころじゃなくなるんじゃないか?」

せっかく体が大きくなり立派な稲穂をつけたとしても、倒伏してしまえば収量にならないことは稲作を行ったことのある人にとっては常識です。だから法外な量の窒素施肥は行われてこなかったのです。

じゃあ、どうすればいい?

要するに倒さなければいいのだよな、そう考えながら思いついたのが「ケイ酸施肥」でした。ケイ酸(SiO2)に含まれるSiはガラスの主成分です。このケイ酸を稲は比較的多く含み、稲の葉で手が切れるのはこのケイ酸が葉を硬くしているからです。 ケイ酸は吸収されると物理的に植物体を強固にするとされており、しばしば、倒伏軽減剤として稲に施用されています。

このケイ酸を多量に施用することで目的を果たそうと考えたのです。

他の水田の稲とおなじに見える

移植も無事終わり、試験区の調査が6月上旬から始まりました。この調査は7日から10日間隔で収穫まで続きます。

T教諭「稲は分けつということをして茎の数を増やしていくんだ。そしてこの茎に穂がつく。中には穂をつけないものもあるけれど。葉っぱが2枚以上付いているものを一茎として数えよう。」

生徒「・・・」

N教諭「茎の数が多いのと少ないの、どちらが収量は高くなる?」

生徒「・・・多いほうです。」

調査開始からしばらくして、実習田と他の水田の稲は同じに見えて早くも”失敗”の二文字が皆の頭をよぎりました。

調査は細かく大変でしたが、素晴らしい結果が得られて良かったです。 夏の調査は暑くて大変でしたが、仲間と協力し合い、一緒に考えたことはわたしにとって高校生活での大切な思い出です。(東中学校出身 女子)

ひょっとして、これってすごいかも

7月に入ると分けつ数が最大に達します。目標とする茎数が確保できているか心配になる時期でもあります。

T教諭「茎数が目標に達したね。」

生徒「じゃあ、きっとたくさんとれますね。」

N教諭「でもまだわからないぞ。いまの茎に全て穂がつくとは限らないからな。」

一般的に単位面積当たりの分けつ数が増加すると、無効茎、つまり穂をつけない茎の数が増加するとされています。

7月下旬は、穂の赤ちゃんである幼穂が形成される時期にあたります。多くの場合ここで単位面積当たりの穂数が決まります。

N教諭「以前の調査結果と比較して無効茎が少ないんじゃないか。」

T教諭「調査ミスじゃないですか。・・・いや、そんなことなさそうですね。」

生徒「葉っぱで手が切れて痛いです。茎も硬いような気がします。」

ひょっとすると、これはいけるかもという思いが生まれた時期でした。

この茎葉は萱ですか?

8月上旬、止葉の下から、人間の赤ちゃんがおなかの中で成長するように葉鞘に包まれて育ってきた幼穂が顔を出し出穂を迎えます。出産に価する出穂を迎えた稲の体は登熟が進むのと同時に徐々に変化を見せます。 下位の葉は上位の葉に遮られ枯れ上がり、止め葉も次第に垂れ下がってきます。

N教諭「稲穂より葉っぱがぴんぴん立っていて目立つね。しかも、下位葉の枯れ上がりも少ないように思えるんだけど。」

T教諭「これって、萱ですか?」

生徒「調査していると、葉先がのどに刺さります。根っこがしっかり張っていて、サンプルをとるのが大変です。」

倒れませんように・・・

9月中旬、内容物で満たされた穂は頭を垂れてきます。秋雨とも相まって倒伏が心配される時期であります。しかしながら、窒素多肥区を含む全処理区で倒伏は認められませんでした。私たちの願いが通じたようです。

T教諭「全体的に穂が大きいような気がします。普通、穂の下のほうの籾は退化して消えてしまうのに、びっしり籾がついています。」

生徒に向かって、

N教諭「みんな、一つの穂についている籾の数を数えてみよう。」

生徒「98,99,・・・106。先生百は超えていそうですよ。」

こんなやり取りをしながらなんとか収穫に辿り着くことができました。

先生、収量が1,100キロを超えました!

収量調査用の各処理区95株の標本を長野県農業試験場作物部に持ち込み収量調査を実施しました。本校には、収量調査をするための機材がありませんので試験場での実施になりました。

生徒「先生、窒素多肥区の収量が1,100キロを超えました。窒素をやらなかった区はやっぱり収量は低い値で、約800キロ位です。」

N教諭「みんな、先生の説明をちゃんと聞いていたのかな。もう一度計算しなおしてみよう。・・・いや、その前に先生が確かめてみるか。」

   「・・・T先生、合ってるよ、1トン超えだよ。」

私たちが得た窒素多肥区の収量が、今までの日本最高収量である1,052kg/10aを超える結果であったことを、後に知ることになります。

あまり実感がなかったのですが、最近になってやっとすごい結果を得たんだなと思うようになりました。 新しい品種やすごい技術を使って得たわけではないので驚いています。(墨坂中学校出身 男子)

要因は何なんだ?

目標であった多収を日本最高収量をマークするという結果で達成した私たちでしたが、意外な結果に驚くと同時につじつまが合わない部分に悩まされることになります。 それは、窒素多肥区で多収が得られたのは窒素によるものと考えられるが、窒素無施肥区の収量が長野県の平均単収(窒素施肥有)を超えてしまっていることでした。同時に、このことは多収に及ぼす窒素以外の要因が存在することを示しています。

気象条件や圃場条件は昨年度とほぼ同じですので、それが、無窒素区の収量を昨年度の倍のレベルに押し上げたとは考えられません。

T教諭「窒素施肥量以外で昨年と違うことをなにかしていないか?」

生徒「・・・ケイ酸倍量・・」

ケイ酸かもしれない

ケイ酸の効果として、植物が吸収すると体を強固にすることがあります。倒伏軽減剤として用いられることからもそれはわかります。 それと同時に、生育調査の過程で確認できたように葉を直立させる効果があったのではないかという思いに至りました。葉の直立は、稲の生長が進んだ時期に起こる葉の相互遮蔽を軽減させ光合成活性を高く維持することにつながります。 また、多くの文献は、植物体内のケイ酸が気孔開度に関与し蒸散を防ぐ、つまりは呼吸を抑える効果があるとしています。 植物に共通することですが、乾物生産(収量)は同化作用に依存します。 多量に施用されたケイ酸が効率よく吸収され、稲体の物理性とともに生化学性を大きく改善し、結果として同化作用を増大させ、今回のように収量を大幅に向上させたのではないかと私たちは推論しています。

「収量が倍になった」単純で簡単なことのように聞こえるけれど、どうしてそうなったかを調べたり、考えたりすればするほどすごいことなんだなと感じるようになりました。(松代中学校出身 男子)

私たちの成果を発表しよう

私たちの得た結果や考えにたいして、様々な人の意見をいただくため、発表する機会が多くありました。 一つは、2010年度に開かれた日本作物学会北陸支部会での発表です。作物学の専門家たちが一堂に会す場で、生徒達は臆することなく(実際にはかなりの緊張の中で)発表できたように思います。 学会ですから、質疑応答もあります。質問に対しても適切に答えていました。

私たちは様々な場所で発表をしました。その一つに、大学や研究機関で働いている人たちの発表の場である北陸作物学会がありました。当然周りに高校生はいなくてとても緊張しました。(山ノ内中学校出身 男子)

再現性はあるのか?技術と呼べるものなのか?

圃場試験の結果には再現性が求められます。ビギナーズ・ラックでないことを祈り、2010年度同様の試験区を設け研究を実施しました。 まだ、詳細な分析を行っているところで正確な数値はありませんが、昨年並みの収量が得られたと考えています。

再現性はある程度認められたと考えられますが、このケイ酸施用が技術と呼べるものなのか。答えは今の段階では”NO”であると言わざるを得ません。 そもそも多収穫に影響を及ぼす要因は無数にあり、たまたま本校の水田へのケイ酸施用が多収の要因になっただけかもしれません。また、ケイ酸吸収の大小に及ぼした要因もいまだブラックボックスの中にあります。

私たちは課題を一つひとつクリアしていき、最終的には技術と呼べるものになるようにこれからも取り組んでいきます。

私たちの取り組んでいる試験研究が、これからの稲作を変えるかもしれません。(山ノ内中学校出身 女子)

私たちの研究結果が、稲作農家の皆さんのお役にたてればうれしく思います。(若穂中学校出身 男子)

頭の中においておかなければいけないこと

いま、世界の食糧事情は、米・小麦・トウモロコシの年間穀物総生産量が、約20億トン、大豆、芋を加えれば30億トンあり、69億人の世界人口を養うのに十分であるとされています。 しかし、現実は約10億2千万人が飢餓に苦しんでいます。この食糧不足に苦しむ人の数は、世界同時不況の起こった2008年から急激に2億人も増加しています。世界を100人の村にたとえると15人の人が飢餓に苦しんでいることになります。 食の豊かな国では、食べ残ったものが捨てられている一方で、穀物価格の高騰により穀物が手に入らない国では食糧不足に苦しんでいるのが、いま地球上で起きている現実です。

私たちは、毎日、当たり前のように様々なものを口にしていますが、改めて、温暖な島国に住み、食糧の生産と流通に恵まれた環境にいることを想い、 これまで先人が試行錯誤を繰り返し、研究を重ね確立した技術により、今の食の生産や流通があることに感謝の心を忘れてはならないと思います。そして、降り注ぐ日の光と大地、天の恵みに畏敬の念を持ちたいものです。(平成22年度収穫祝 学校長あいさつより)

TPP加盟が現実味を帯びてきた今、我が国の農業生産力の衰退が懸念されます。我が国の主食である米についても例外ではありません。 これは、先進国中において低い水準である我が国の食糧自給率を更に低下させることを意味しています。 飢餓にあえぐ最貧国が穀物を買えない、あるいは作物を輸出せざるをえない状況にあること、新興国における著しい人口増加が予想されること、米価が下落しているなかで単収向上が稲作農家存続の一つの方策と考えられること・・・。 これらのことは、農業について研究し、農業を学ぶ私たちが常に頭の中においておかなければならないことではないでしょうか。

おわりに

今回の取り組みは、新しい発見や技術革新というものがひょんなことから生まれるものだと、改めて私たちに教えてくれた気がします。 この特集の終わりに、私たちの研究を常に支えていただいた長野県農業試験場の皆様ならびに、プレゼンテーション能力の涵養の場を与えてくださった地域の皆様や関係各位にこの場をお借りして感謝いたします。 これからも、私たちは既成概念にとらわれない若い発想で試験研究に取り組んでいきます。よろしくお願いします。

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