生活体験発表大会 
                        平成16年度 
                        長野県大会  発表作品 (優秀賞受賞)
私の軌 跡         
  
私が自傷行為を始めたのは、中一の秋頃だった。自分の席に書かれた見つけにくい落書き。内容は「死ね」の二文字。見た瞬間、奈落の底に突き落とされた気分 になった。自分はこの世にいてはいけないのでは、と。
本気で死にたいと思った。それなのに生きている。相手に当たれない、物に当たれない、最終的に自分に当たることに決めた。俗に言うリストカット。死ぬのを 躊躇った結果だった。だが、苛立ちはカッターから彫刻刀へと向かい、傷は残った。一年から二年の進級と同時にクラス替え。新しいクラスの環境にも馴染め ず,学校に行きたくないからと無断欠席や遅刻が目立ち始めた。行きたくないけど行かなきゃいけないという気持ちもあった。心の中で二つの気持ちが戦い,心 のバランスは崩れ,自傷行為は,左腕、更には右腕へとエスカレートした。
中三の夏、中間教室に入った。落ち着ける気持ちからか、一時期自傷行為は途絶えた。
冬、本格的に受験モードに突入すると、雰囲気に追い着けないもどかしさから再発。自傷行為を引きずったまま受験をし、一週間後定時制への入学が決まった。 今までとは違う環境に、精神状態の安定。七月の文化祭も何事もなく終わり、何事も順調だった。
六月下旬から、微熱が出始めていた。元々体温が高いという理由かと思ったが、全く違う。熱は上がり続け、下げたいが為に市販で売っている頭痛薬に手を出し た。一回二錠が決まりにも関わらず、二錠が三錠、三錠が四錠・・・時に二日で九錠という日もあり,完全な自殺行為だった。
学校の先生に勧められて篠ノ井の医者に行った。担当の先生に事情を話すと,熱の原因は「他人を気遣いすぎること」と言われた。無関係の筈なのに、自分の事 のように溜め込んでしまう。段々と重なっていく重みに、自分が支えきれなくなったという事だ。大量服用を続ければ、死ぬか、良くてベッドの上。事態がどう なるかは判っているし、相談に乗ってくれる先生や先輩、友達が注意してくれているのに、止められない現実。一度手を出した行為を途中で止めるのは、なかな か難しい。
一つ、昔の担任に言われた事がある。「両親が苦しんで産んでくれた体を傷付けるのはいけないこと。両親が悲しむ」判ってはいた。けれど、あの時はああする しか他に方法はなかった。親に悲しい思いをさせ、それでも今尚続けている。自分が犯している過ちだった。ならどうすればいい?すぐには止められない事なの に。誰かに判って貰いたい。でも、あまり自分の中に入って来ないで欲しい。二つの気持ちの狭間で、自分は悩んだ。
ある日、相談に乗ってくれる周りの人はこう言ってくれた。
「皆も少しくらいなら相談に乗ってくれる。頼りにならないかもしれないけど、出来るだけ力になる」
「悩む事は沢山あるけど、くよくよしてたら尚更落ち込むよ」
「助けられるか判んないけど、些細な事でもいいから悩みがあったら、相談に乗るから」
誰もが一生懸命な言葉をくれた。一緒に悩んでくれて、答えを導いてくれた。一番に先生、先輩、友達、次に同級生。その同級生はこうも言ってくれた。
「周りは見守るか踏み出す後押しをするかだけ。自分は自分、他人は他人。焦らず前向きに行けばいいと思う」
沢山の答えを貰って、これからどうすればいいのか。自傷行為をしないようにする事は何なのか。それらを通して自分なりに答えを出してみた。一つは「相手と 自分の距離を平行に向けてみる」、二つ目に「思ったことを溜めずに少しでも吐き出す」、三つ目に「切らない,飲まない」他にも意識して考えてみたい。特に 三つ目は一生守れるかどうか判らないけど、‘有言実行’どれくらいの時間を費やしてでも出来たらいいと思う。他にも同じような境遇に遭った人の体験本を読 んでみたりしてもいいかもしれない。そこから未来に繋がる答えが見つかりそうだから。何かを犠牲にしてでも絶対に約束を守りたい。それが心配を掛けてし まった人達に出来る唯一の答えだと思った・・・。