平成20年6月30日
長野県諏訪清陵高等学校長 篠原秀郷
研修旅行文化講演会 (土曜講座)について(ご案内)
梅雨の候 皆様には益々ご清祥のこととお喜び申し上げます。
さて、本校二学年では、11月の研修旅行に向けて準備を進めていますが、事前学習の
一貫として、昨年度に引き続き下記のとおり、文化講演会を実施することになりました。
つきましては、ぜひご来校いただきますようご案内申し上げます。
記
1 日時 平成20年7月12日(土) 午前8:40〜午前11:40
2 場所 本校小体育館
3 次第
(1)講演 「研修旅行で学びたいこと」 午前8:50〜午前9:50
講師 古原正之 氏
(休憩 準備)
(2)パネルディスカッション 午前10:00〜午前11:00
「清陵高校の研修旅行とは」
パネリスト 古原正之 氏
高木昭彦 氏 (コーディネーター)
岡村康明 氏
(休憩 移動)
(3)まとめ 感想文記入 午前11:10〜午前11:40
講師紹介 『わたしの関西』−君たちに伝えたい奈良・京都 − より
(平成6年発行 編者岡村康明氏)
古原正之 氏
下高井農林高校、諏訪清陵高校、中野西高校、岡谷東部中学校、茅野高校、望月高校 教頭、
長野県教育委員会教学指導課、諏訪二葉高校校長を経て、諏訪清陵高校校長を最後に退職。
「・・・・略・・・・ 一見大学受験には無縁に思える研修旅行に真っ向からのめり込んでい
く諏訪清陵高校の生徒達の知的好奇心とバイタリティーこそ受験突破へのエネルギーの源のよ
うに思えた。骨太に成長していく姿をこの研修旅行に感じたのは私だけではないと思う。
良くお世話になった宿舎「桃山荘」の早朝からの好意的かつ献身的な協力はそうした姿を感
じてくれたからこそと思う。
諏訪清陵高校の研修旅行はあるべき高校生のこの種の旅行の原点にして頂点であると自負で
きるものである。他校へ移った現在でもその気持ちは変わらない。
その意味で、諏訪清陵高校の研修旅行は私にとっては「思い出」ではなく「思い入れ」なので
ある。このような形態の修学旅行を維持するには生徒ばかりか職員のエネルギーも大変である。
しかし、かような研修旅行の有形無形の成果に接してきた経験を思うと、諏訪清陵高校の研修
旅行が今後とも継続発展していくことを願わずにはいられない。・・・」
高木昭彦 氏
蘇南高校、美須々ヶ丘高校、諏訪清陵高校、諏訪二葉高校を経て、現在諏訪清陵高校 勤務。
「・・・・略・・・・ 松本楢重先生のことに少しふれておきたい。先生は諏訪地方の高校生
にとって、奈良への修学旅行の興味を喚起するうえで非常に大きな役割をはたされたと思う。
先生は京大の美学科を出、毎日新聞の記者をされたのち、奈良県の文化財保護委員(長?)を
され、当時奈良の観光バスガイド二千名を指導されておられるとのことだった。先生は諏訪の
高校生の向学心を気にいり、「わしは信州の山猿が好きなんだよ」と諏訪の高校生の修学旅行
には毎年自ら引率され、バスガイドも先生が指名されるとのことだった。松本先生によって、
奈良への修学旅行を味わい深いものに感じた諏訪の高校生は結構いるのではなかろうか。(あ
る年代の者の会話に松本楢重先生の名がよくでてくる。)松本先生をひきつけるだけの向学心
・探究心を諏訪の高校生がもっていたということでもあるのだろう。・・・」
岡村康明 氏
東急観光上諏訪営業所伊那支店支店長を経て、現在トップツアー特約店株式会社日報ツーリ
スト代表取締役。
長年諏訪清陵高校の研修旅行を担当され、歴代の旅行委員長や奈良・京都に造詣の深い教員と
共に著書も出されている。
「・・・・略・・・・ 昭和五十年(一九七五)前後から諏訪清陵高校の伝統ある「奈良、京
都班別研修旅行4日間」が始まった。やはり「修学旅行」とは呼ばず「研修旅行」と呼んだ。奈
良での宿泊は早朝出発(朝六時)の意欲的な班までちゃんと暖かい朝食を出し面倒を見てくれる
「桃山荘」にもう二十年近くもお世話になっている。今では「人間洗濯機」の大浴場があること
で高校生の間でも有名な旅館である。当時の「しおり」は旅行委員会発行の手作りのもので見た
目はあまり良くないが、内容は生徒全員が把握をしている実務的なものであった。また京都の旅
館はクラスで貸切になる民宿やペンションなどに人気があり夜遅くまで談論会などをしていた記
憶がある。「班別研修旅行」の特徴の一つに学年の先生の講演会がある。教壇と机の目の高さで
先生の貴重な体験談や奈良、京都の講演を聴くことができるのも諏訪清陵高校独特の事前学習の
ように思う。・・・ 」