3学期始業式(2019年1月7日)

明けましておめでとうございます。新年早々で恐縮ですが、一連の流れでまたひと話させていただきます。
世界史を勉強すると西洋医学に関する大きな流れを学びます。ヨーロッパにおける「医」の起源は古代ギリシア。アリストテレスによって集大成されてローマ時代までは学問としての医学だった。ところがヨーロッパのもう一つの源流であるキリスト教が制覇する中世になると、医療は神への冒涜とされ、呪術全盛となった。この間古代ギリシアの医学知識は、イスラム世界に内包され、これがルネサンスでヨーロッパに回帰、近代科学としての医学が萌芽。この近代医学が江戸時代に蘭学として日本に伝わり、日本は古から残る呪術と中国由来の東洋医学そして西洋医学が共存する国となっていきます。
言わずもがなですが、西洋医学の場合は体内にある原因を取り除くことによって解決する。東洋医学の場合は人体に備わる治癒力を高めて自然回復を目指す。がん治療に関わって、免疫療法によってノーベル医学生理学賞を受賞した本庶佑さんはとても象徴的でした。
薬の違いもあります。西欧は全体的に化学合成品となっているので効果が強い分副作用も心配する。一方の漢方は、天然由来成分を重視して体質や症状によって処方する薬を使い分け、効果は緩慢ですが体にやさしい。この日本を象徴する薬があります。市販の胃薬です。胃痛の原因は胃酸過多か消化不良か。西洋的に考えるなら胃酸をおさえるか分泌をうながすかどちらかです。ところが日本の胃薬はその両方の成分が入っている。人間、飲んだ気になって治るということです。免疫力の回復にも気持ちが大事ということも分かってきました。その意味でおまじないは有効です。気持ちや気分を前向きにするということが大切です。
さて、信州が長寿県として名高いわけですが、その秘密を取り上げる番組のほとんどが西洋医学的アプローチで番組を構成します。野菜の摂取量が多いとか、減塩運動に成功したとか。でも何か一つの要因が長寿を支えているとは思えません。むしろ私は東洋医学的または呪術的な自然治癒力や免疫力の回復のほうにもっと着目してほしいと感じています。マイナス気分を回復させる。いうことで温泉王国長野に注目です。何らかの病気に直接効く効能もあると思いますが、やはりあの爽快感が免疫力をあげるのだと信じています。
寒いこの時期、多くの伝承が残っている長野県。総合して長野県の「癒し文化」「回復力文化」を前面に出したい気持ちです。この季節、どんど焼き・三九郎でお餅や繭玉を子供たちに食べさせるべきだとしみじみ思います。なんらかの「ぬくもり」が広がります。人を元気にします。
3年生諸君、気持ちが大事です。もし煮詰まっていたら、どこか癒しの湯にいって湯上りにコーヒー牛乳でも飲んで気分転換してください。こういう時おやじ世代は「あーおいしい タマランチ会長」と叫びます。ちなみにIOCタマランチ会長は実在の人物です。
人生色々あります。その局面で何とか切り抜けようね。 

2学期終業式(2018年12月26日)

今年度は最初に皆さんに「方言」の話をしたじ。次に「教育」。吉田は浅川の「なまもの」です。そして暑かった夏に「水」の話をしました。奇跡の産物清涼感。もう気が付いた人がいるとかもしれませんが、隠れテーマは信州の魅力です。そして今回は「食文化」。
方言と似ています。日本の近代化の過程で中央の規格に統一されて、食文化も洋風化も手伝って、特に地方食は顧みられなくなった。実は長野県は歴史的にみるとそんなに豊かな地方ではありませんでした。例えば、信州と聞けば、そばと答える人もいるほどによく知られた信州そばですが、全体的に標高が高く、寒冷地で火山灰土の多い信州は、米作りに適さない土地が多いため、代わりにそば栽培が盛んに行われたということは想像できますね。同様に地蜂の幼虫やイナゴそして世界でも伊那谷でしか食べない超レアなザザムシ。虫を食べる文化も長野県が最も事例が多いといわれていますが、山国という自然環境が影響しているのでしょう。つまりあまり胸を張って言うようなことではなかった。
しかし、そのような土地柄での食文化が逆に新たなるアドバンテージを生みだしています。身近なところでは「七味」。善光寺門前で薬膳として販売されていた唐辛子。南米原産で戦国時代に伝来して以降薬用として重宝がられ、その後激辛ブームに見られるように、つい最近になって食用として脚光を浴びるようになりました。9代目当主はこの時流を逃さず、前近代的な経営から、伝統を活かしつつレトロモダンを基調とした現代的経営に見事転換を果たします。輸入原料を使うのではなくすべてのスパイスの自家調達をめざして、信州大学農学部とコラボし信州のような寒冷地で育つ唐辛子を開発します。現在飯綱山の麓に自社農園を開いて、原料生産を始めています。これなら山の獣たちも近寄りません。当然地域に雇用も生み出しています。9代目は凄い人です。次は更なる全国展開、そして東京オリンピック後は世界展開です。私にはすでに未来のCMが見えています。ロックバンド、レッド・ホット・チリ・ペッパーズ、通称「レッチリ」がライブ会場である小さな物体に視線を止めてギターをかき鳴らして一言絶叫するのです。「八幡屋磯五郎」だしねー
一方、皆さん、蜂の幼虫は見たことがあるでしょうか。蜂の巣の中でモニョモニョしています。ザザムシはどうでしょう。これは川で石をひっくり返さないと会えません。特異な形状です。南信地方ではこれらの虫をたべます。缶詰めでも売っていますからご賞味あれ。でも高級品ですよ。私は松本工業高校から南信の伊那弥生ケ丘高校に転勤しました。ここにも食文化を内面化したすごい人がいました。ある日の職員会議です。その人、生徒指導係のこわもての先生だったのですが、超緊迫した状況を報告します。「裏の神社の境内でたばこを吸っている生徒がいるという通報をうけた。すぐに駆け付けたところ・・・」次です。「蜂の子を散らすように逃げていった!」・・・ 伊那では「蜘蛛の子をちらす」よりこちらの方がいい感じです。言葉といい食文化といい、個性的な文化をもっている信州。言葉に続いて今日は食文化の話をしました。差異を作っていくポスト近代ここにもアドバンテージがありますね。
吉田生 今年1年本当に頑張りました。良いお年をお迎えください。

2学期始業式(2018年8月27日)

この夏、総文祭、生徒の皆さんは本当によく頑張りました。私は大分県舞鶴高校の大久保先生と知り合いになりました。全国を知っているこの先生に「暑いですね」と言うと、「九州の暑さとは違います」と言われ、こう表現されました。
 「九州からきた身としてはカラッとした信州の風と澄んだ水はごちそうです。」
酷暑の2018年夏、清涼感出すために「水の話」をします。
昔、都市圏の大学受験に行ったとき、最初に思ったことは「水がおいしくない」ということでした。田舎育ちで山から湧き出る清水を飲んだ経験がある身としては、格段の差です。しかし、都会の水は塩素が多量に入っていると分かっていても、何故信州の水がおいしいのか根本的にはその理由を知りませんでした。
恥ずかしながら、その答えを知ったのは2017年でした。千村先生からお借りした「NHKスペシャル 列島誕生 ジオ・ジャパン第2集 奇跡の島は山国となった」を観てからです。
そもそも脊梁山脈がそびえる日本列島そのものが世界に類のない地殻変動の産物であり、その山に降った水が急峻な高低差を一気に下り落ちる。これが大きな特徴ということでした。このため川床の余分な成分が水に溶け込まない。奇跡の島の水は奇跡の水だというのです。ヨーロッパでは水を飲むと成分が強すぎてお腹をこわす。このためワインを常用したという知識はあったので、なんと日本の水はその地形によっておいしいのだと悟りました。
番組では日本の食文化にも言及していて、どうして日本料理の根幹が「だし文化」なのか、それはこの無垢な水があってのことだと教えてくれました。だし加減の究極の繊細さはなるほどこれを邪魔しない水が基盤だったのです。水が繊細、だしも繊細なら当然食材のわずかな差まで楽しもうとします。
以前、戸隠大久保茶屋さんのご厚意で、一度に4種類のお蕎麦をいただく経験をしました。殻を入れないで製粉した白い更科そばと殻をいれて製粉した黒い玄そば。次に、その白い更科そばの二八そばと十割蕎麦。食べ比べて、はじめてその違いがようやく分かるようなわずかな差異です。山国信州のそば文化も奇跡の産物と実感しました。
空気も水もおいしい。信州の誉め言葉でこれ以上のものはありません。私たちが思っている以上に類のない条件のようです。繊細といえば、日本の細やかな美意識もそうですね。代表的な表現に「雪月花」があります。戸隠についての文章もある川端康成のノーベル文学賞のスピーチでも有名になりました。四季の移ろいをめでる「雪月花」と風、水は切っても切れない関係にあります。
どうか皆さんも慈しんでください。この清らかな水を。
2学期清らかな気持ちで迎えられることを願って話をしました。 でもテストの前でアセチリンかも。

1学期終業式(2018年7月26日)

「豊かな地域文化」その2 「対話(学校)」
一学期はどうでしたか。印象的なことはありましたか。私にとっては先生の「正義」って何ですかと聞いてくれる生徒さんがいたり、ウルトラマンにかこつけてスプーンを空にかざす話をしたらうけたことが楽しい思い出です。小さな局面ですが対話が生まれたということです。
さて、今、簡単にいうと試験問題を変えかえることで皆さんの力を引き出そうとする大きな試みが始まろうとしています。私は試験の問題も対話のひとつと考えています。
昔の本で恐縮ですが、ドクトルマンボウ青春記という北杜夫という人が書いた本があります。この中に旧制松本高校の試験問題を通じての先生と生徒の交流が書かれていて、これが面白いのです。先生は真面目に「ピクリン酸とアセチレンとクレゾールについて、その、性質、製法、その他、知っている事を述べよ」という化学の試験問題を出しました。ある生徒がこう解答しました。「問題を見てピクリン酸、わきの下からアセチリン、化学はスコンク、クレゾール」 と、いうものです。(スコンクとは、0点の事で化学は0点くれるでしょという意味) 先生は採点のとき笑ってそのあと悩んだと思います。この機転をどう評価するか。
蛇足ですが、図らずも教員になって、沢山試験問題を作ってきましたが、頭の中にドクトルマンボウ青春記が残っていたためでしょうか、私はどこかで楽しい誤答を求めていて、赴任2校目位から採点の時、珍答・誤答を集めるようになっていました。さすがにアセチリンみたいなものはありませんが、一生懸命考えて答えた結果、かなしくも怪しい輝きを放つ誤答に何回か出会いました。私が気に入っている一つが、次の世界史の問題です。「エジプト文明の発祥にはナイル川が深くかかわっています。これを表すギリシャの歴史家ヘロドトスの言葉とは何か。」答えは分かりますね。「エジプトはナイルのたまもの」ですよね。ところが伊那弥生ヶ丘高校2年生の女の子はこう答えました。「エジプトはナイルのなまもの」・・・。生々しいでしょ。一字違い、しかも「た」と「な」の違いです。しかし相当ジャンプしています。でも乾燥した大地の中に生活があるって感じ分かりますよね。なんか妄想がパット開きます。当然点数をあげました。
話がそれましたが、教員にとって創作した試験問題はメッセージの塊みたいなもの。これに対し生徒がなんとか食らいつく。こんな緊張した対話が理想です。しかし、時として意図しない解答が生まれるというすれ違いも起こる。このセッション(掛け合い 即興)の総体が学校という場所だと思うのです。皆さん、小局面ではテストの点数に痛めつけられるかもしれませんが、大局的には、え、こんな問題あるのという驚きがあるといいですね。先生方はそういうメッセージ性の高い新しい問題を作ってください。時として変な解答が生まれたらそれを大事にしてください。私はそのようなズレみたいなものの豊かさから、新しい個性が生まれてくるような気がします。
信州教育では昔から全人的な成長を願う気風があります。新しい問題をつくるということは、評価についてこれまで以上の深さが必要ということになります。AI的な時代を乗り越えようとしているわけですから、学校はよりセッションの場になるべきです。差異を作っていくのがポスト近代だといいましたが、これも追い風です。様々な問、様々な解答、深い問、深い解答、そしてかなしくも怪しくきらめく誤答を生み出してください。できましたら、この中の誰か。将来、先生としてこのセッションに参入してください。 いい夏にしてください。

入学式式辞(平成30年4月4日)

冷たい風が印象に残った厳しい冬もようやく過ぎ去り、木々の芽吹きに生命の躍動を感じる季節となりました。この佳き日に、同窓会並びにPTA役員の皆様のご臨席を賜り、また、保護者の皆様のご列席をいただき、平成三十年度入学式を挙行できますことは、本校職員はじめ関係者一同大きな喜びとするところであります。厚く御礼申し上げます。
さて、新入生のみなさん、入学おめでとう。長野吉田高校で学ぶ機会をしっかりと自らの手にすることができた喜びをかみしめるとともに、新たに始まる未知なる生活への不安も感じているのではないかと思います。諸君が今日までたどってきた道筋は様々であろうと思いますが、まずは、それを胸のなかに納めてください。本日からの本校における学園生活は、同じスタートラインに立って始まります。これからの新たな生活に対して全身全霊をかけて挑戦してください。
みなさんの高校生活のスタートにあたり、所感の一端を述べ、お祝いの言葉とします。
”Boys, be ambitious”「青年よ,大志を抱け」という訳で有名なこの言葉は、言うまでもなく北海道大学前身の札幌農学校で教鞭を執ったクラーク博士が残した励ましの言葉です。しかし、実はこのあとに次のような言葉が続いています。「青年よ、大志を抱け。しかし、それは金銭や私欲のためではなく、また、いわゆる名声という空虚なもののためでもなく、それは、人として成すべきことに到達するためにあるものでなければならない。」始まりにあたり、ここにある「人として成すべきこと」について考えてほしいと思います。哲学が伴わなければ大志は抱けません。
第二には、ここに集った仲間を大切な存在として意識してほしいということです。そこに、社会性を身につける基盤があると考えています。班活・各種行事、様々な体験を通して一人ひとりの弱さを仲間がカバーし合ってともに成長を果たしてほしいのです。いじめや人をさげすむような言動は、このさわやかな吉田に学ぶ生徒に似合いません。お互いに開かれた「対話」を重視し、あらためてそのような高校生活の創造にかかわってください。
第三には、「知」と「体」を鍛えてほしいということです。その確かさ強さとともに柔らかさを求めます。豊かな森の土壌をまた人の汗によって耕された里山を思い返してください。その本質は吸水力のある柔らかな土にあります。皆さんの高校における学びという行為は、繰り返される蓄積と掘り起こしによって自身の知性と身体性を豊かにしていく営みなのです。その上に今時代が求める創造的な「知」が瞬発的な「体」が築かれます。
この吉田高校においての三年間、諸君が大きな志(こころざし)をいだき、仲間を大切にしながら、吸収力・柔軟性を磨いて、大きく羽ばたいて成長してくれることを願っています。
保護者の皆様に申し上げます。重ねて、お子様のご入学おめでとうございます。今後の三年間のお子様の成長変化は、目を見張るほどのものになると思います。急速な変化には、どうしても不安定さが伴いますが、自立への産みの苦しみとして大切なものでもあります。どうかお子様の歩む姿や努力を見つめ、時には温かく励まし、時には毅然とした態度で見守って頂きたいと思います。 一方で、高等学校をめぐる状況は、ここ数年大きく変化してまいります。学校としても適切な対応をしていく所存ですが、保護者の皆様と共に歩むことが肝要と思います。ご理解とご協力のほど、よろしくお願いいたします。
最後になりましたが、ご来賓各位と保護者の皆様のご健勝とご発展をご祈念申し上げまして、式辞といたします。

平成三十年四月四日
長野県長野吉田高等学校長   中村 宏

1学期始業式(平成30年4月4日)

ウキウキしている人。事故に気をつけて。
気落ちしている人・不安な人。再スタート 再生の物語が始まると思ってください。
私は本年もテーマをもって話をします。
昔、県外の大学に行って、何かの拍子に「すぐ飛んでく」と言ったら大笑いされました。走る位の意味ですが、どうしても「飛ぶ」といってしまう。しんどいことを「えらい」というのも同じです。皆さんはこういう言葉を使うでしょうか?長野県には独特な方言がたくさんあります。
「そうだよ」という意味では、「そうずら」「そうだべ」「そうだに」。おじいちゃんおばあちゃんがいる人は聞いたことがあるかもしれません。私は初任が松本工業高校でした。30年たっても忘れられない一言があります。定年間近の北村先生が、真顔で近づいてきて私の耳元でこう囁いたのです。「中村さん、俺、いぼじだじ」どこまでが痔の名称かわかりません。「何、何、だじ」というのは安曇野地方の三郷弁と聞きましたが、以来私もきっぱり感を出すときは、「そうだじ」を使います。
私は高度成長期に育ちました。どうしようもなくウルトラマン世代です。スプーンを時々空にかざします。ここに登場する宇宙人の中で強烈に覚えているのが白黒模様の「ダダ星人」でした。制作者はダダイズムからとったのでしょう。しかし私にとってなぜ言印象深いかというと長野県の方言にも「だだ」があるからです。「だだ」はおそらく先ほどのだべ・だになどの「だ」の疑問形で「そうなの」くらいの意味です。「そうだだ?」となるわけです。昔の長野県人はダダ星人ですの疑問形、「昔の長野県人ダダだだ」。これは無料ですは「ただだだ?」 「あだだだだだ」 
これはどうでしょう。「するしない。」「いくしない。」こんな感じだそうです。「今日焼きそば屋いくしない。」・・・他所から来ると驚きます。するのかしないのか、行くのか行かないのかはっきりさせてほしいのです。北信特有の方言です。
これくらいにしておきましょう。言いたいことは、信州は豊かな言葉文化をもっているということです。昔なら方言ははずかしいことでした。近代化とは中央標準ということ、差異をなくしていくことこそ「近代社会」の基本モードです。一国レベル・世界レベルで中央と周辺があって、これがそのまま支配構造でした。「差異」をなくしていくのが近代なら、今は、差異を作っていくポスト近代です。良い方向にも悪い方向にも向かっているようです。しかしうまくすれば差異は個性となり誇りになります。 
皆さんも広い地域から集まっていますので、お互いを尊重すること。そして、是非誇りとなる差異を見つけてください。意外な展開があるかもしれません。 お願いだじ。


3学期終業式(平成30年3月23日)

あらためて自分の知識を総動員して考え、それを表現してみる。大学入試の他にそのような機会があったら、皆さん対応できますか。
私なりの世界のつかみ。以前話しましたね。2018年3月、卒業生と飲みました。東大の院生で医療用ロボットの研究をしている男子。アメリカに行って同世代の研究者と交流した経験。アメリカの学生は自分の理想をガンガンぶつけてくる。自分の力で世界を変えるという。自分はそんなに熱く語れなかった。日本の学生はこういう表現が苦手。自分みたいにならないように教育でなんとかすべきと批判されました。松本市の菅谷市長がカナダの病院に留学したときの話を直に聴いたことがあります。世界各地から医師が集まっている病院です。ドイツ系とアメリカ系の医療文化の違いに驚いたこともさることながら、月に一度の自国文化について語る会が強烈だったということでした。菅谷さんへのリクエストは「禅」とか「茶」についてだったそうです。日本文化の神髄を説明せよということでしょうが、あなたに息づいている哲学を話せといわれているようだったと。医学の知識はもちろんですが、自分の芯について語れる必要があるのですね。もう少し学生時代に勉強しておけばよかったと言っていました。これを生徒に伝えてほしいと。
「自分の考えを表現できるか」「自分の芯をどう伝えるか」これが大切なんですね。
私は、一時期とても有名になったハーバード大学マイケルサンデルの白熱教室を思い出しました。あそこに出てきた学生の主張合戦。日本でもやっていましたが、そういうことが高校でも求められる時代になったのだと思います。彼はロールズという哲学者の後継の一人ですから、数々の議論の下地になっていたのは「正義とはなにか」ということでした。白熱教室でも「能力主義に正義はあるか」というテーマがありました。皆さん「正義の味方」という言葉知っていると思いますが、では「正義」ってなんでしょうか。ロールズが1971年に『正義論』を発表したおかげで、現在まで続く議論となったわけですが、あらためて考えるって大切ですよね。詳細は避けます。要は自由と平等にかかわる議論です。白熱教室でサンデルは解答を見出すことを目標にしていたとは思えません。難解な問題を提示して議論をすることそれ自体が主目的だったと思います。そして学生たちは自分の知識を総動員して自説を表明する。フルパワーの思考力・判断力・表現力が必要です。日本の若者には確かにこのスタイルでの教育は薄かったかもしれません。
さて皆さん。禅や茶の文化について語れますか。転じて何でもいいのですが例えば漫画、アニメで日本という国の神髄語れますか?皆さんはこれからの人です。学びの結果、このことについては語れるという分野をつくりましょう。一方、判断力の基準として、正義について考えてみてください。そういうお仕着せがいやなら、逆にあなたにとっての最も大切な基準はなんでしょう。そのことを胸を張って表明できますか。生徒会誌『暁峰』に一文をのせました。今回の高大接続改革、教育の転換の目的が、市場ベースの新しい商品の創造のようなものであれば、「深み」がないと書きました。ではその「深み」とはなにか。学ぶことの「深み」とはなにか。これが私の講話の隠れテーマでした。おそまつ。
それじゃ、4月に元気に登校してください。

卒業式:全日制(平成30年3月2日)

山並みの残雪がやわらかい陽に輝き、澄んだ大気の中に春の息吹きを感じ取ることができる季節となりました。この佳き日に、ご来賓並びに関係各位の皆様には大変ご多用の折り、平成二十九年度長野県長野吉田高等学校卒業証書授与式にご臨席たまわり、厚く御礼申し上げます。
次に、保護者の皆様方に教職員を代表してお祝い申し上げます。「親思う 心にまさる親心」と申しますが、親として子の成長を願う気持ちはいつの時代であっても、いくつになっても変わらない最も深い愛情です。春夏秋冬にあっての悲喜こもごも、今振り返れば万感の思いが去来することでしょう。これまでの一切のご労苦に深甚なる敬意をあらわします。
さて、全日制二七八名の卒業生の皆さん、あらためて卒業おめでとうございます。本日、諸君に贈るこの言葉は、過ぎ去りし三年間の諸君の努力に対する賞賛のことばであります。皆さんは、「晴耕雨読」という校是の下、自らの心と体を鍛えてきました。今この学び舎での生活を振り返った時、どんな光景が思い出されるでしょうか? 教室に響く先生の声、窓から見た流れ雲、のどかなランチ、こらえた眠気、帰る時に見上げた星空。本番直前の心臓の音、到来したあの一瞬、ありがたかった応援席の顔。沖縄で触れた海、暁峰祭の一体感、クラスマッチの全力感。そして友の泣き顔・え顔など。ここでは高等学校卒業という達成感に浸るとともに、今まで皆さんを見守ってくれた人たちとの絆に思いを至らせてほしいと願っています。
私にとっても皆さんに話をする最後の機会となりました。今後社会に出る皆さんに、2点お話ししたいと思います。
一つ目はこれまで学期の講話で述べてきたことのまとめです。
大きな経済的変動が到来しています。AIの進化とIOTの拡大を軸とした第四次産業革命ともよばれる事態が進行しています。「最も強い者が生き残るのではなく、最も賢い者が生き延びるのでもない。唯一生き残るのは、変化できる者である。」とは、今から二〇〇年ほど前、「進化論」を唱えたチャールズ=ダーウィンの言葉です。進化論は多くの誤解を生みましたが、ダーウィンの言葉はこの時代益々重みをましています。組織内で埋没することなく、臨機応変に状況に対応する必要があります。かたくなな頭に豊かな未来は描けません。
そして「危険なほどに分断が増大する時代」とノーベル文学賞受賞者がこの時代を表現しました。一国主義・排他主義の台頭によって世相は日々騒然としたニュースに事欠きません。確かな判断力が必要です。分断を乗り越えなければなりません。自明なことですが、握りこぶしと握手はできません。私たちはピョンチャンの氷上で肩を寄せ合う二人の女性の姿に感動したばかりです。
未来に向かって歩きだす皆さん。君たちは人任せにせず、選び取らなければなりません。その時「柔軟な思考」と「寛容な心」こそ、未来への道しるべと信じてください。
二つ目は、この郷土を大切にしてほしいということです。
選択肢の一つとして信州で仕事をすることも考えてください。私はこの間、大変多くの吉田高校卒業生が郷土を支えている事実を知りました。こちらに赴任してその連続だったと言っても過言ではありません。そこにはそれぞれの豊かな物語があります。その後継として新たなる物語を作ってほしいと思うのです。敬愛する天台宗の祖である最澄が「一隅を照らすこれ即ち国宝なり」と書き残しました。一般的には自分自身が置かれたその場所で、精一杯努力する大切さを説いていると思いますが、私はこの一隅を郷土ととらえます。「一隅を明るく照らす」生き方を吉田で学んだ諸君が実践してほしいと願ってやみません。
以上、二点について所感の一端を述べ、諸君へのはなむけの言葉とします。
諸君の洋々たる前途に幸多からんことを願い、また、ご列席くださいましたすべての皆様のご健勝とご多幸をご祈念申し上げ、式辞といたします。

平成三十年三月二日
長野県長野吉田高等学校長 中村 宏

卒業式:定時制(平成30年3月1日)

陽光に輝く戸隠連峰の残雪にも心なしか春の訪れを感じる季節となりました。
本日ここに羽田幸雄(はねだゆきお)同窓会長様、山口美枝子PTA会長様をはじめとするご来賓の皆様のご臨席を賜り、平成二十九年度長野県長野吉田高等学校戸隠分校卒業証書授与式を挙行できますことは、この上ない慶びであります。ここに篤く御礼申し上げます。
保護者の皆様におかれましては、お子様のご卒業に心よりお慶びを申し上げます。「親思う 心にまさる親心」と申しますが、親として子の成長を願う気持ちはいつの時代であっても、いくつになっても変わらない最も深い愛情です。春夏秋冬にあっての悲喜こもごも、今振り返れば万感の思いが去来することでしょう。これまでのご労苦に深く敬意をあらわします。
さて卒業生の皆さん、あらためて卒業おめでとうございます。皆さんは、さまざまな活動をとおして知識や技術を身につけ、自らの体と心を鍛えてきました。今この学び舎での生活を振り返った時、どんな光景が思い出されるでしょうか?またどのような人と出会えたのでしょうか。
昨年、戸隠分校の改修工事が行われ、教室を中心に使いやすい明るい環境になりました。その際、机の運び出しから棚の撤去と組み立て、大量に出た粗大ごみの運搬作業など引っ越し作業が順調に進んだのは、3年生の活躍があったからこそ。また、灯油庫入り口の踏み台を作ってくれたり、校舎の雪除けを設置してくれたり、生徒教職員みんなが過ごしやすい環境作りに貢献してくれました。学校にとって後世に残るプレゼントです。
クラブ活動では、戸隠分校の顔として、地域行事やボランティア活動に積極的に取り組んでくれました。特にそば部は、年度当初からTV局の密着取材があり、年間通して多くの中継やインタビューもありました。その中心となって部活動をけん引してくれたのも3年生です。卒業を目前にした2月下旬にも、ラジオ番組のインタビューがありましたね。地域の方々をはじめ、大勢の同窓生からも皆さんの活躍を応援してくださっている声をたくさん伺いました。
さらに陸上部で厳しい練習にはげみ、3年間全国大会にコマを進めて、勉学と両立して後輩の模範となってくれた人もいました。そして特別なことではなく、いつもニコニコと明るい笑顔で場の雰囲気を和らげてくれた人、恥ずかしがり屋であまり表には出ないけれども肝心な時に頼りになる人がいました。総じて個性的な3年生がそろっていました。
皆さんが思い出す光景、そして友達との時間、先生たちとの語らい、その記憶こそが皆さんの財産です。
そんな皆さんにひとつ言葉を贈ります。あまり聞きなれない言葉ですが「雑華厳浄」(ざっけごんじょう)という言葉です。4字の中に中華の華の字これを「け」と読み、厳粛の厳の字これを「ごん」と読みます。この言葉は字が示す通り、華厳経というお経にある言葉で、「さまざまな花かざりを行って浄めていく」という意味ですが、一歩進んで、特別な花ではなく、すべてが意味を持つのだから、様々な花で飾る、という精神を表します。かの松尾芭蕉は「草いろいろ おのおの花の 手柄かな」と読みましたが、野山にあるすべての草花(くさばな)を愛で、名もなきすべてがあって美しい野山があると直感したのでしょう。かの槇原敬之も歌います。「花屋の店先に並んだいろんな花を見ていた。ひとそれぞれ好みはあるけど どれもみんな綺麗だね。バケツの中誇らしげにしゃんと胸を張っている。」きっとこの先、思い通りにならないこともあるかもしれません。そんな時に「きっとなんとかなる」「それぞれの咲き方をすればよい」と戸隠の野山とこの言葉を思い出して、自分を信じ、未来へ向かって歩み続けてください。
結びに、希望に満ちた門出に当たり、卒業生の皆さん、また、ご列席くださいましたすべての皆様のご健勝とご多幸をご祈念申し上げ、式辞といたします。

平成三十年三月一日           
長野県長野吉田高等学校長    中村 宏

3学期始業式(平成30年1月9日)

おめでとうございます。年末年始、どう、すごしましたか?
さて、年頭の言葉としてメッセージを送りたいと思います。ヨーロッパ情勢に触発されて、難しい話 第2弾
皆さんは、マックスヴェーバーというドイツの学者を知っていますか。私が大学に入った頃は、大学の先生や先輩から必ず読みなさいと言われた学者の一人です。特に有名なのは現代資本主義のルーツを宗教倫理に見出した「プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神」通称「プロリン」(1904年-1905年)という本です。この流れはその後宗教社会学として大成していきます。ヴェーバーが行っていたもう一つの大きな研究の流れは、「経済と社会」という論文集としてまとめられていますが、その中の「支配の社会学」が有名です。支配の三類型、「合法的支配」「伝統的支配」「カリスマ的支配」というものです。カリスマという言葉は、現代でもよく出てきますね。1年の石川先生の学年通信にも登場していましたね。「支配」という問題意識の中でヴェーバーが深く追求していったのが、「官僚制」でした。現代の組織は多かれ少なかれ「官僚制」システムによって動いています。通達文書によってどんな大きな組織でも動かすという特徴があります。ヴェーバーは1920年に亡くなりますが、晩年彼はこの官僚制の行き着く先について「冷たい」という表現を使って警鐘をならしていました。私は簡単に人間的なぬくもりを排した「強大なマシン」のようなものをイメージします。
そしてその後このドイツで起こったのが、600万人のユダヤ人虐殺です。私は、若いころ、このことが起こったのは、第1次大戦敗戦によって莫大な賠償金を課せられたドイツ民族がヒトラーという狂信的な指導者にその解決を委ねた、いわば恨みの果てに起こったことと思っていました。ところが『ショアー』という映画を見てこの考えを改めました。この映画は、絶滅収容所で生き残った人物やナチスに加担した人物を執拗に追いかけて、そのインタビューを集めたものなのですが、その中にドイツ鉄道のダイヤグラムを作成する担当者が登場するのです。ヨーロッパ大陸全体をカバーする精緻な貨物列車運行計画を立てて、多くのユダヤ人をポーランド国境付近に集めることができたのはドイツ鉄道システムのなせるわざです。合法的な官僚システムの下でのみ、あのような絶滅政策は可能だったということに気が付きました。そしてヴェーバーの憂慮とはこのことだったのか、彼が見ていたものをようやく理解した思いがしました。
官僚制という巨大マシンの中で、人はその歯車として没個性化し、時にどんなことでも無感覚で行うようになる。果たして人は歯車化に抵抗できるのか。ここまで極端な話ではありませんが、実は日本の小説やドラマに、この題材が多いことに気が付きます。警察組織の中で、病院組織の中で、巨大企業の中で、それぞれの官僚制の中でこれと戦う主人公。どうですか思い当たる物語があるでしょう。
君たちが大人になって大きな組織の一員となる場面を想定してこの話をしました。目的を遂げるための合理主義の中で人間が機械になってゆく。ウェーバーの憂慮はまだ生きています。  
最後に一句  「いたしません」 言ってみたい このセリフ

2学期終業式(平成29年12月27日)

こんにちは。
長い2学期も今日で終わりです。3年生は大変です。今朝、雪かきをしてくれた生徒諸君、ありがとう。さて、私の登場はそう多くはないでしょうから、願いをこめていくつか難しい話をします。
その第1弾。教育の国際比較が専門の知人から本をいただきました。その中でアメリカの中学校の歴史の授業に目を見張りました。西部開拓の歴史をまるで人生ゲームのようにアレンジしたものです。西部開拓の歴史的事実を踏まえながら、東部から西部に行く途上のいくつかのポイントで事件が起こり、その都度どの道を選択するか、どう切り抜けるか生徒は選ばねばならないのです。早い段階で選択に失敗した生徒はそのままずっと立っていて、その時点でその後の授業に参加できません。最終的に西部到達に成功した者と失敗した者がはっきりする授業です。驚くのは、立っていた生徒にインタビューすると、ほかの生徒と条件が同じなのに選択をミスった自分が悪いからしょうがいないというコメントが返ってくることです。米国社会の縮図を見たように思いました。
その時君ならどうするかというプラグマティクな分かれ道「岐路の選択」が普通に授業に組み込まれているのです。ここが大きく日本と異なります。私は映画も好きなのですが、このことを知って以来、多くのアメリカ映画が選択の物語だと解釈するようになりました。アメリカ公民権運動の歴史にも同様の逸話があります。ローザ・パークスという一般女性を知っていますね。おさらいしましょう。1955年12 月、彼女が仕事帰りにバスで中間席という白人がいない時は黒人も座っていいとされる席に座っていた。白人が乗車してきて運転手が中間席に座っているローザに「なぜ立たないのか?」と席を譲るよう求める。あなたならどうしますか。彼女は座り続けることを選ぶ。そこで運転手は警察官を呼びます。警察官は、彼女に「なぜ連行するのか」と根源的な質問をされ、「知るか。法は法だからな。」といって逮捕してしまいます。この事件がきっかけで人種分離法ボイコット事件が続発。アフリカ系アメリカ人による国を揺るがす公民権運動に発展します。どうでしょう。この逸話自体が人種差別問題とは別の地平でとてもアメリカ的な物語だと思うのです。
転じて日本ではどうでしょう。例えばアンケートでは黒か白か、イエスかノーかという選択肢のほかに、よくわからない、またはどちらともいえないという判断保留項目が必ずあって、ここに回答があつまる傾向があると指摘されています。慎重に考えようとする美徳ともいえますが、決断の先送りともとれます。誰かが判断してくれる時代は終わったといってよいでしょう。この講話の最後に私がずっと生徒に出し続けている遠くギリシアの時代から続く命題を出しましょう。この休みに考えてみてください。自分がどういう人間か見つめ直してみてください。
「一隻の船が難破し、乗組員は全員海に投げ出された。君は命からがら、壊れた船のか細い板切れにすがりついた。するとそこへもう一人、同じ板につかまろうとして君の友が現れた。この時君はどうする。」
以前ある学校でこの問いについて書かせたら、「突然、宇宙船が現れ、二人を船内に吸収しました」と回答されました。
最後に一言。「逃げちゃ、ダメだ!」