初代校長 三吉米熊について

三吉米熊

 万延元年(1860年)6月10日山口県豊浦郡長府に生まれた。父は坂本龍馬と交流が深かった旧長府藩士(山口県)三吉慎蔵である。

 明治11年(1878年)3月、内務省勧農局の駒場農学校(現東京大学農学部)に入学。

 明治14年(1881年)11月、長野県勧業課農務係に奉職。当初水質検査などを担当していたが、明治17年頃より蚕糸業に関する業務に加わった。

 明治22年(1889年)3月、渡欧し、イタリア・フランスの養蚕業の情況を視察。

 明治25年(1892年)5月、国内最初の蚕業学校「小県群立蚕業学校」(現上田東高校)に初代校長として招かれ、昭和2年(1927年)9月1日に亡くなるまで同校での教育に携わった。

 明治41年(1908年)には長野県下初の国立学校「上田蚕糸専門学校」(現信州大学繊維学部)の設立にも携わり、明治44年(1911年)から同校の教授も兼ねていた。

 大正8年(1919年)には農学博士の学位、大正14年(1925年)には蚕糸教育の功績によって勲三等瑞宝章が授与された。


詳しい記事
 「三吉米熊-小県蚕業学校と蚕業の発展に捧げた生涯」(前校長 市原潤,『信濃教育』平成20年11月)(pdf 1.1MB)



三吉米熊愛用の顕微鏡
愛用の顕微鏡
三吉米熊の講義の筆記ノート
講義の筆記ノート<校長三吉米熊先生口述『蚕體病理学』滝澤筆記>表紙(上田東高等学校同窓会蔵)

 命日9月1日に行われている銅像の清掃





↑このページのトップに戻る↑