長野県上田東高等学校 〒386-8683
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UEDA HIGASHI HIGH SCHOOL
9月1日 初代校長三吉米熊先生像と「故渡邉平和君殉職碑」の清掃を行いました。生徒会役員、同窓生など多数が参加しました。




上田東高校(小県蚕業学校)の歴史と銅像

 大正5(1916)年、小県蚕業学校の創立25周年を記念する事業のひとつとして、創立者で校長の三吉米熊先生の業績を顕彰するために、卒業生や市民の手によって銅像が建立されました。像は、当時の校地(上田市常入権現坂上)の一角に設置されました(写真下中)。
 大正11年には、校地は現在地に移ったのですが、銅像は三吉校長の意向もあって旧校地に残りました。
 三吉校長没後、同窓会はこの銅像の移転を計画し、上田市の協力と支持を得て、昭和8年に上田城跡公園の現在地に移転することになりました(写真下右)。
 しかし、太平洋戦争のさなか、昭和18年には、銅像は軍への供出が決まり、昭和20年戦争末期、銅像は台座から撤去されたのでした。
 戦後になって、あらためて、同窓会を中心に銅像の再建を願う声が高まり、昭和26年の創立60周年を記念して、公園内の同じ場所に胸像が建立され、現在に至っています。

銅像の清掃
 上田東高校では、生徒会を中心に、三吉米熊先生の命日9月1日に、同窓生の協力を得て銅像の清掃を毎年行っています。また、公園内には同窓生渡邊平和氏を記念する碑もあり、あわせて清掃を実施しています。
 
     
     

写真は碑の上部
故渡邉平和君殉職碑
 渡邉平和氏は、大正2年、小県蚕業学校を卒業して埼玉県の農業学校の教師を務めていました。
大正8年7月17日、勤務する幸手農業学校の生徒を連れて、利根川支流の権現堂川に授業で使う蚕具を洗いにいったとき、水嵩の増した川に落ちた生徒を救おうとして自らも命を落としてしまったのでした。
 この痛ましい事件を記憶し、その行為を顕彰するために、大正11年、三つの碑が建てられました。ひとつは、殉職地の幸手市にあり、他の二つは上田市にあり、そのうちひとつが現在は、上田城跡公園内にあるものです。
   
清掃を終わって同窓の先輩の話を聞く