吉江 寛 先生


【講師略歴】吉江寛(よしえひろし)
 一九三七年 長野県辰野町に生まれる。
       松本工業高等学校電気科を卒業して、
 一九六一年 金沢大学理学部物理学科を卒業。
       その後、同大学院修士課程を修了。
 一九六五年 四月から、長野県池田工業高校で2年間,物理を教える。
 一九六七年 四月から、信州大学理学部助手になる。
 一九八七年 信州大学理学部助教授理学博士。
 一九九六年 信州大学理学部教授理学博士。専門は磁性物理学。
 二〇〇〇年 青少年のための科学の祭典(松本大会)事務局長。
 二〇〇二年 信州大学理学部教授をご退官。

【著書】
 物理学実験(学術図書)、新物理学実験(同)いずれも編集責任者

【その他】
 一九八○年〜棒球クラブ(信州大学理学部教官軟式野球チーム)監督。
 一九八四年〜一九九〇年
       学内新聞、「棒球タイムス」(発行部数:四〇〇)編集長。
 一九九一年〜学内新聞、「お父さん」(発行部数:四五〇)編集長。
 一九八九.八、一九九〇・七、一九九一・四の三回、プラハを中心に取材旅行。
以上〈引用文献〉『お父さん,プラハへ行く』吉江寛著(学術図書出版社)

【授業紹介】
「おもしろい物理学」の人気
 昨年度(1997年度)の後期から,共通教育センターで一年生を対象に主題別科目「おもしろい物理学」という講義を始めた。主題別科目とは[学生が幅広い知識を獲得するとともに,総合的な判断力や創造力を養い,これからの時代にふさわしい健全で個性豊かな市民としての意識と行動規範を主体的に見いだすことを理念とする]とある。主題群;知と人間行動の中の学問論に「おもしろい物理学」が入っている。講義の名前をおもしろい物理学としてしまったため,策を練った。まず,美しい虹やルビーのレーザー光線の説明から光に入る,自動車を使って運動と力,手製のヨーヨー,フィギアのスピンで円運動を,飛行機・ロケットで流体力学・無重力の世界,雷で電気,マグネットで磁性・超伝導を説明するという具合である。こういう題材の選び方が学生に受けたのか,昨年度は学生400名余りが受講を希望した。この時は,350名が入れる講義室を使用したので,問題は起こらなかった。大学側はこの人数を頭に入れて,本年度(1998年度)は前期と後期に同じ講義をすることとし,200名定員の講義室を用意してくれた。
 ところが,本年度は前期だけで570名が受講を希望したのである。驚いた私が学生を説得した結果,60名が後期に回ってくれた。残りの510名をなんとかしないといけない。そこで学生を二つのグループに分け,隔週の授業とし,講義の不足分は夏休みの集中講義で補った。信州大学には共通教育センター,人文学部,経済学部,理学部,医学部が松本にあり,工学部,教育学部が長野,繊維学部が上田,農学部が伊那という具合で共通教育を終了すると,松本以外の学生はそれぞれの都市に移っていく。
 510名の学生を調べたところ,4割くらいが高校で物理を習っていない。式を書いて解き始めると,このグループからたちまち計算はやめて欲しい,わからないとくる。しかし,計算のない物理の講義は至難の技だ。そこで,講義にはその都度簡単な実験をとり入れることにした。簡単な実験といっても,ローレンツの磁気力を見せる装置(電流を流した針金の輪が永久磁石で回る装置)の作製には3ケ月もかかった。実験は理科系の学生にもすこぶる好評であった。講義終了後,今日の講義で印象に残った事を書くようにと,わら半紙の1/4を渡すことにしている。「慣性力が初めてわかった」,「車の衝突がこんなに恐いものだとは知らなかった」,「角運動量保存則がようやく理解できた」,「ダンボールで作ったヨーヨーの実験は楽しかった」,「高校のとき物理をとっていた子が苦労してたけど,こういう物理なら大丈夫そうだ」等々,いろいろ書いてくれて,どうやら授業はうまくいっているようだ。
 前期の成績は講義の中から各自,好きなテーマを選んでレポートを出してもらい,それを採点することにした。A4で2枚程度を希望したが,ほとんどの学生がびっしり書いてくれて,文献で調べた後が見える。内容は立派で,こちらの為になることが沢山書いてあって感動した。ここでレポートの内容を紹介できないのが残念である。学生が選んだレポートのテーマを紹介しよう,数字は学生数である。
 自動車136,飛行機65,雷65,ダイヤモンド52,台風39,ロケット35,虹28,フィギアのスピン20,地上1万メートルを越えると(オゾン,電離層,オーロラ,気圧など)18,ルビーがレーザー光線を出す14,無重力11,ヨーヨー9,マグネット5,地球磁場4,テスラの世界3,核磁気共鳴で「がん」がわかる3,ブレーカーが飛ぶ2;以上509名。
 世の中では子供達の理科離れ,物理離れが叫ばれているが,前期で受講した学生の反応を見ている限り,その徴候は無いように思える。非常に熱心に聞く,質問が多い,サボらないのである。それら学生のほとんどが,もともと物理が好きでしたから・・と答えている。なぜ,高校で物理をとらなかったかの質問に,「高校の都合上」,「高校2年で文系になると,生物をとることになっていたため」,「カリキュラム上,物理を選択できなかった」というのが多いのである。
 ところで,10月から後期授業が始まった。おもしろい物理学の受講希望の学生は,なんと736名になってしまった。前期と併せると信州大学人学者の6割以上の学生数になる。どうやって講義をするのか,大きな講義室のない信州大学にとって,大変頭の痛い問題である。前期と後期を併せた各学部の受講希望者数は工学部;386(470),理学部;131(210),人文学部;118(185),経済学部;180(235),医学部;33(100),教育学部;141(300),繊維学部;200(285),農学部;57(199),合計1,246名(1,984名)である.ただし,()は入学定員を示す。なお,教科書は,この講義のために昨年書いた拙著「みぢかな物理」(学術図書出版社)を使っている。(信州大学理学部 吉江 寛)

以上 〈引用文献〉固体物理 Vol.34 1999 p.73,74


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